紛争の内容

1 初めての借入

依頼者は、平成12年2月ころより、関西にある機械部品の製造業の会社でアルバイトをしていました。手取り月16万円でしたところ、実母から頼まれて、武富士から30万円借りたのが初めての借金でした。

依頼者は、両親と7人兄弟の9人家族でした。父は大手の電気会社に勤務するサラリーマンであり、母は専業主婦、依頼者は、7人兄弟の3番目でした。

依頼者の父が突然の自己都合退職をしたため、生活費に事欠き、母から頼まれて借金をしたとのことです。月の返済は1万円くらいでしたので、何とかやりくりできました。

依頼者は、月に10万円は家に入れるようにしていたとのことですが、その後、度々、家の生活費のために借り入れていたとのことです。

2 返済の滞り、武富士との示談、和解に代わる決定

依頼者は、仕事を休みがちなこともあり、収入が安定せず、返済が滞りだしました。その後、武富士と話し合い、月1万円から、9000円、6000円の支払いに変えて、支払っていきました。その後さらに滞納したので、訴訟を提起され、和解に代わる決定で、月々の返済が3万円となりました。

依頼者は、母と同居し、家計の負担分と合わせて6万円を渡し、それから母が3万円ずつ振り込んでいました。

3 転職による一人暮らしによる、支払いの滞納

依頼者は、運送会社に転職したそうです。そして、寮生活をすることになりました。

実家にお金を入れなくなったため、母が行っていた武富士への返済は滞ることになりました。

手取り18万から20万円くらい稼いでいましたが、寮費を引かれると手元には13万円くらいしか残らず、光熱費や食費は自己負担となるため、実家に仕送りもできず、結果、武富士にも返済する余裕がなくなりました。

4 妻との同居

平成29年5月に、現在の妻と同居するために埼玉県に転居し、同居を開始しました。

平成29年9月、倉庫作業員の仕事をし、翌年には、自動車部品関連の会社に勤務しましたが、残業時間が多く、残業手当は出たのですが、体力的に厳しく、自己都合で退職したとのことです。

5 アルバイト

令和3年5月、引っ越し業者にアルバイト採用されました。引っ越しの繁閑により、手取りは8万5000円から12万円程度の収入でした。同社での正社員勤務の途はありません。

他社へ転職して、正社員となることを望んでいますが、40代半ばとなり、年齢的な面、職歴からも、好ましい正社員募集がありません。よって、収入は、不安定なままでした。

6 日本保証からの通知、債務整理の決断

武富士から債権を引き継いだ日本保証からの通知を受け、依頼者は債務整理を決断され、当事務所の債務整理相談を受けました。

収入が乏しいため、弁護士費用は依頼者の妻がほとんどを負担されました。

依頼者としては、安定した正社員になれれば個人再生手続きの利用も考えたのですが、継続的安定的な収入を生み出せず、個人再生は断念しました。

交渉・調停・訴訟などの経過

申立ての準備が整い、裁判所に申し立てたところ、家計の余剰が極めて大きく、管財事件となるかもしれないと裁判所から指摘を受けました。

家計の状況で過分な余剰が出たのは、もっぱら依頼者の配偶者の収入がよく、特に、配偶者の方は年三回のボーナスの各回が潤沢であり、堅実な家計を維持していたから、余剰が大きいのでした。

そこで、依頼後継続的に作成してもらった家計の状況と、依頼者夫婦の収入の推移を報告書にまとめ、依頼者自身の負債は、配偶者との生活でできたものでないことを添えて、同時廃止事件として処理されるべきとの意見を述べました。

本事例の結末

本依頼者に対しては、裁判所は同時廃止事件として処理し、速やかに免責許可の決定も出ました。

本事例に学ぶこと

依頼者のカード利用のきっかけが家族の生活を支えるためでした。また、母に借入金の返済の送金をゆだねていましたが、仕送りが欠けると、支払いもかけて、結果、武富士の権利を引き継いだ会社から通知を受けて、債務整理を決断されました。

そして、弁護士費用は、配偶者の方が負担され、夫の債務整理に非常に協力してもらいました。

住宅を維持するための住宅ローン特則付き個人再生はもとより、債務の大幅な圧縮をして、経済生活の債権をする個人再生や、自己破産においても、ご家族の協力は不可欠です。

依頼者は、配偶者の理解協力を得て、破産を申し立て、めでたく免責の許可を受け、経済的な再生の下地が整いました。

また、依頼者は家計の状況の毎月堅実につけていましたので、家計の余剰の説明も容易でした。

事案としては特段の問題はなりませんでしたが、依頼者の経済的再生の手助けをすることができました。

弁護士 榎本 誉